大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和43年(う)30号 判決 1968年10月21日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人本田正敏提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

同控訴趣意について。

原判示事実は原判決挙示の証拠によつて認められ、かく認めたことに誤りはない。

所論は、商品取引の委託の際顧客が仲買人に対し委託証拠金の代用として預託する有価証券(以下充用証券という)の性質慣行上被告人らの所為は委託の趣旨に反しないというにある。

一  そもそも委託証拠金充用証券は、商品仲買人が商品取引所における売買取引の委託を受けるについて、その受託によつて委託者に対して生ずることのある債権を担保するため委託証拠金の代用として、委託者から預託を受けるもので、その預託の法律上の性質は、委託者による質権の設定であると解すべきところ、質権者は、その権利の範囲内において質物を転質となし得ることは民法第三四八条の規定に徴し明らかであり、従つて質権者は質権設定者の同意なしに自己の債務につきその質物の上に質権を設定することは民法上許容された権利の行使であり、横領罪をもつて問擬すべきではないが新に設定された転質が原質権の範囲を超越するとき、即ち債権額、存続期間等転質の内容、範囲、態様が質権設定者に不利な結果を生ずる場合においては、その転質設定は横領罪を構成するものと解すべきである。かく解しなければ委託者にのみ不利益を負わせることとなり、右民法第三四八条の立法趣旨に反することとなるからである。

二  これを本件についてみると、原判決挙示の各証拠および当審において取調べた証人山部俉一の供述を綜合するときは、本件各担保差入れ当時、各委託者と熊本出張所との取引関係は最終的に結了していたとは認められないから、各委託者は右各担保差入れ後も自由に取引を行うこともできたし、またいつでも自由に取引関係を結了することもできたと解され、従つて原質権の被担保債権は、その額も存続期間も、ともに不定であり、右取引関係の結果いかんによつては原質権は消滅するかも知れない可能性をもつていたと解すべきである。しかして一方、本件各担保差入れ当時、熊本出張所の経営状態は苦しく、被告人両名は右出張所の通常経費その他の資金捻出に苦慮した末、判示の町の金融業者より融資を受け、その金融業者に対し、被告人等において、その手持の充用証券を適宜選択して本件各担保として差入れたこと、その融資額は、各充用証券の時価相場の七掛ないし九掛であつたこと、右金融業者と被告人等との間には、被告人等において万一その充用証券を委託者に返還すべき必要を生じた場合いつでも右金融業者より返還を受け得るような特約等が存在したとは認められないばかりか、必要に応じいつでも確実に他の有価証券と差し代えて委託者に対し充用証券を返還し得るような経営状態でなかつたことが推認される。

三  以上のところよりすれば、転質権者とはいえ、被告人両名の本件各担保差入れ行為は原質権の範囲を超越するものとして横領罪を構成するものというべきである。

四  弁護人は、また、もともと委託者が充用証券を差入れた場合、仲買人は証拠金と全く同様に、流用は自由で同種同量の有価証券を返還すれば足りるとする慣習が存在しており、その法律関係は消費寄託であると主張するところ、納富寿生の司法警察員に対する昭和三六年九月二日付供述、被告人堀尾の検察官に対する昭和三六年一〇月一七日付供述調書等によれば、三福商事株式会社においては、行政指導もあつて、金融の必要上充用証券を担保に差入れるについては、委託者より同意書又は約諾書を徴することとし、そのための不動文字の用紙を用意されていたことが認められ、右主張のような慣習が存在していたとは認められないから右所論は採用することができない。

そうすると被告人らが顧客から預託を受け業務上保管中の充用証券を顧客の同意を得ることなく市中金融機関に対し自己の債務の担保として提供した原判示所為は業務上横領罪にあたることは明らかである。

論旨は理由がない。

そこで刑事訴訟法三九六条刑事訴訟法一八一条一項但書に則り本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例